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神戸地方裁判所尼崎支部 平成9年(ワ)331号 判決 1998年1月27日

兵庫県西宮市上甲東園一丁目一四番三号

原告

松島ビルディング株式会社

右代表者代表者取締役

岩端正満

右訴訟代理人弁護士

西村義明

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

下稲葉耕吉

右指定代理人

河合裕行

鈴木衣代

中島泰

山崎徹

西谷仁孝

若間邦雄

辰田肇

主文

一  被告は原告に対し、金一一八一万四九〇〇円を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  平成七年法律第四八号阪神・淡路大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律の一部を改正する法律による改正後の阪神・淡路大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律(以下、「特例法」という)三七条一項は、阪神・淡路大震災の被災者等の負担を軽減するために、滅失等をした被災建物に代えて新築又は取得した建物の所有権の保存又は移転登記について、「阪神・淡路大震災の被災者であって政令で定めるもの又はその者の相続人その他政令で定める者が阪神・淡路大震災により滅失した建物又は当該震災により損壊したため取り壊した建物に代わるものとして新築又は取得した建物で政令で定めるものの所有権の保存又は移転の登記については、大蔵省令で定めるところにより平成七年四月一日から平成一二年三月三一日までの間に受けるものに限り、登録免許税を課さない。」と規定し、右大蔵省令同法施行規則(以下、「特例法施行規則」という)二〇条一項は、「法三七条一項の規定の適用を受けようとするものは、その登記の申請書に、令二九条一項又は二項二号若しくは四号の市町村長の証明に係る書類で阪神・淡路大震災によりその所有していた建物に被害を受けた者の氏名又は名称及び住所又は本店若しくは主たる事務所の所在地並びに当該建物の所在地の記載があるもの(当該登記に係る建物が同条三項二号に掲げる建物に該当する場合には、当該書類及び同号に規定する証明に係る書類)を添付しなければならない。」と規定している。(なお、同項にいう令とは、阪神・淡路大震災の被災者等に係る国税関係法律の臨時特例に関する法律施行令をいう。以下、「特例法施行令」という)

本件は、阪神・淡路大震災の被災者である原告が、建物の所有権移転登記申請の際上記証明書の添付をせず登録免許税を納付したが、その後証明書を登記官に提出し、納付した登録免許税の還付を求めたが、税務署長への還付通知を拒絶され、被告に対し納付した登録免許税を不当利得としてその返還を請求した事案である。

二  争いのない事実及び容易に認定できる事実

1  原告と訴外株式会社山陽建設は、平成七年一一月一七日、司法書士西川昇を代理人として、大阪法務局北出張所に対し、別紙物件目録一記載の土地及び同目録二記載の建物について、原告を登記権利者、右訴外会社を登記義務者とし、右同日の売買を登記原因とする所有権移転登記の申請をし、右法務局出張所登記官は、同日、受付第二九〇一号をもって右申請を受理してその登記をした。

2  原告は、本件登記の登録免許税として、本件登記の申請書に一六二四万六三〇〇円(土地につき四四三万一四〇〇円、建物につき一一八一万四九〇〇円)の印紙を貼付して提出することにより、同額を納付した。

3  原告は、平成七年一月一七日の阪神・淡路大震災により、所有していた西宮市上甲東園二丁目五七―一三所在の家屋番号五七―一三の建物が損壊する被害にあい、右損壊したため取り壊した建物に代わるものとして災害救助法適用地域に所在する別紙物件目録二記載の建物(以下、「本件建物」という)を取得したものである。(甲3及び弁論の全趣旨)

4  原告代表者岩端正満(以下、「岩端」という)は、本件建物の所有権移転登記に伴う登記免許税の特例法による免除の特例を受けることを知らず、また、登記手続の以来を受けた司法書士西川昇は、原告が右大震災により建物に被害を受けたことの報告を受けていなかったため、右免除の特例を受ける手続はとらなかった。

5  本件建物についての右登記手続がなされた後、岩端と右司法書士は、本件建物についての右免除の特例を知ったので、平成八年五月二二日、特例法施行規則に規定する原告が阪神・淡路大震災によりその所有していた建物に被害を受けた者である旨記載した平成八年五月二〇日付け西宮市長作成の阪神・淡路大震災に係る被災証明書(甲3)を携えて、右法務局出張所登記官に対し、本件建物の所有権移転登記の登録免許税一一八一万四九〇〇円の返還を求めたが、これを拒否された。

そこで、原告は右法務局出張所に対し、平成八年一一月一八日到達の書面で、右返還請求にかかる登録免許税は明らかに過誤納付に該当するので、登録免許税法三一条二項に基づき、この旨を税務署宛て通知するよう請求した。

6  しかし、翌一九日、右法務局出張所登記官は、原告に対し、右原告の登録免許税の還付通知請求は、特例法三七条一項の規定による登録免許税の免除の証明書を添付して登記申請のあった事実が認められず、登録免許税の過誤納がないので、税務署長への還付の通知はできない旨及びこの処分について不服がある場合には、この通知を受けた日の翌日から起算して二月以内に国税不服審判所長に審査請求することができる旨記載した通知書を送付し、その頃原告に到達した。

三  争点

1  特例法三七条一項は「所有権の保存又は移転の登記については、大蔵省令で定めるところにより平成七年四月一日から平成一二年三月三一日までの間に受けるものに限り、登録免許税を課さない。」と規定し、右大蔵省令たる特例法施行規則二〇条一項は、「法三七条一項の規定の適用を受けようとするものは、その登記の申請書に、令二九条一項又は二項二号若しくは四項の市町村長の証明に係る書類で阪神・淡路大震災によりその所有していた建物に被害を受けた者の氏名又は名称及び住所又は本店若しくは主たる事務所の所在地並びに当該建物の所在地の記載があるもの(当該登記に係る建物が同条三項二号に掲げる建物に該当する場合には、当該書類及び同号に規定する証明に係る書類)を添付しなければならない。」と規定しているが、登記申請に際し右証明に係る書類を添付することは、登録免許税の免除についての手続的課税要件であり、右書類を添付しなければ実体的課税要件は備えていても免除の効果は生ぜず、不当利得とはならないのか。

それとも、右特例法施行規則の規定が手続的課税要件を定めたものとするなら、右特例法の規定の趣旨を逸脱するものであり、実体的課税要件は備えている以上免除の効果は生じ、不当利得となるか。

2  登記機関がなす還付通知請求に対する還付通知できない旨の通知は、登録免許税に関する過誤納金の還付通知請求権の行使に対し、このような権利の存在を否定する処分であり、これにより国民は還付通知請求という手続によって還付を受けることができなくなるから、右処分は不利益処分であって、その還付通知請求権を否定する点に公定力を有する行政処分というべきであり、大阪法務局北出張所登記官のなした本件拒否通知は取り消されておらず、法の定める還付金の返還手続を経ていない本件においては、原告の不当利得の主張は許されないのか。

第三争点に対する判断

一  まず、争点1について検討するに、阪神・淡路大震災の被災者の救助・支援や復興等を目的とする一連の阪神・淡路大震災関連法の一つである特例法の本件免除規定は、阪神・淡路大震災の被災者等の負担を軽減するために、震災によりその所有の滅失等をした被災建物に代えて新築又は取得した建物の所有権の保存又は移転登記について、当該登記の当事者や被災建物及び新築又は取得した建物などについて免除規定の適用される登記を特定し、これに該当する登記であることをその実体的要件として、右登記に係る登録免許税を免除することを定めるものである。他方、本件免除規定には、右の実体的要件を定める部分のほかに大蔵省令委任部分があるところ、これを受けた特例法施行規則中の本件手続部分は、本件免除規定の適用を受けようとする者は登記申請書に所定の証明書を添付しなければならないものと規定している。

被告は、特例法三七条一項が「阪神・淡路大震災の被災者であって、政令で定めるもの又はその者の相続人その他政令で定める者が阪神・淡路大震災により滅失した建物又は当該震災により損壊したため取り壊した建物に代わるものとして新築又は取得した建物で政令で定めるものの所有権の保存又は移転の登記については、大蔵省令で定めるところにより平成七年四月一日から平成一二年三月三一日までの間に受けるものに限り、登録免許税を課さない。」と規定し、その規定の仕方からその委任の趣旨、すなわち免除措置を受けようとする場合には登記申請書に被災証明書を添付するという手続的事項を免除要件としていることが文言上明確であり、租税法律主義の観点からしても何ら問題とするべき点はないと主張している。

しかし、租税法律主義を規定したとされる憲法八四条のもとにおいては、租税の種類や課税の根拠のような基本的事項のみではなく、納税義務者、課税物件、課税標準、税率などの課税要件はもとより、賦課、納付、徴税の手続もまた、法律により規定すべきものとされており、租税の優遇措置を定める場合や、課税要件として手続的な事項を定める場合も、これを法律により定めることを要するものであると解するのが相当とされ、当裁判所もこれと見解を同じくするものである。

そして、このような憲法の趣旨からすると、法律が租税に関し政令以下の法令に委任することが許されるのは、徴収手続の細目を委任するとか、あるいは、個別的・具体的な場合を限定して委任するなど、委任の目的・内容・程度が委任する法律のなかで明確にされ、租税法律主義の本質を損なわないものに限られるものといわねばならない。すなわち、もし仮に手続的な事項を課税要件を定めるのであれば、いかに手続的・技術的なものであれ、租税法律主義の本質を損なわないよう一定の手続を課税要件とすること自体を一定の範囲で一義的に明確に法律で規定し、本件のような震災に伴う混乱した時期や地域においても誤解を生じせしめないようにし、その上で課税要件となる手続の細目を省令に委任すれば足りるのである(ちなみに、租税特別措置法には、四一条七項や七〇条五項におけるように、例示的に文書を示したうえで大蔵省令で定める書類を添付して受けるものに限るなどのように、課税要件としての手続要件を置く場合にはその趣旨を明らかにした文書でその旨が規定されているし、特例法三七条一項の実体的要件についても当事者や建物について一定の範囲を明らかにした上で政令に委任する旨規定されているところであるのに、右手続部分についてのみそのような一定の範囲の明確なしばりもないまま大蔵省令で定めるところによる旨規定され、免除を受ける登記の期間については政令以下に委任されこともなく平成七年四月一日から平成一二年三月三一日までの間に受けるものに限ると規定されている。

いかに手続的課税要件であってもその範囲や内容が無限定であってはならないのであって、課税要件である以上一義的に明確でなければならないが、「大蔵省令で定めるところにより」との文言は抽象的であり限定がないのであって(別途免除の申請や届出或いは承認を要するのか、免除の実体的要件を備えている者が所定の期間内に登記をすれば事後にも還付を受けることができるのか、どの範囲の添付書類が必要とされるのか、さらには技術的な見解の相違や利害関係者間での対立或いは時間的な問題から所定の証明書の交付が受けられないなど震災に特有の困難な予測できない事態が起こりうるのであるからそのような場合にどのような措置が講じられるかなど手続といってもその範囲は広範かつ多様であり、また、無限定に形式的画一的手続をふむことを課税要件とすると、特例法の所期の目的を達することに支障が生じうるし、課税の公平性を害するものと考える)、むしろ特例法の目的や趣旨及び特例法三七条一項の規定の仕方に鑑みると、追加的な課税要件として大蔵省令に手続的な事項を定めることの委任や、手続的課税要件を追加しその細目を決定することの委任を含むものではないと解するのが相当である。課税要件は一義的かつ明確に法律で定めされることが求められところ、法律で手続的要件について何らの限定や一義的かつ明確な規定をすることなく、単に下位の大蔵省令で定められ手続が合理的なものであるからといって、法律において課税要件としての手続的要件を定めたものと解することは相当ではない。速やかな震災の復興を図るために、大量の登記事務を簡易迅速に処理すべく画一的な証明書の添付を求めることは合理的であるが、かといってその添付を課税要件とすることは、それによって実体的要件を備えている者が免除を受ける途をとざすことになり実質的な公平性や被災者の復興を図るためその負担を軽減するべく免除の規定を定めた法の趣旨を没却するものであって法の趣旨と相いれないものである。特例法の趣旨・目的は、実体的要件を満たす登記の登録免許税を免除して、早急な震災復興を図るため建物の新築や所有権移転を促進することにあるのに、実体的要件を満たしていながら免除されない登記を創出することは、法の趣旨・目的と抵触し、したがって委任の目的とも抵触することになるものというべきである。

したがって、特例法三一条及び特例法施行規則二〇条一項は、登記の申請にはその所定の証明書の添付を要するものとし、証明書の添付という手続的な事項を登録免許税の免除による登記の受理要件という登記手続上の効果を有するものとしたにすぎないのであって、右手続的な事項を課税要件とし、登記申請時に証明書の添付がなければ、後に証明書を提出しても免除の適用がないとすることは相当でない。本件においては、登記申請時には証明書の添付はなかったが、後に所定の実体的課税要件を備えていることを明らかにする証明書が提出されている以上特例法三一条の適用があり登録免許税は免除されているものと解するのが相当である。

二  次に争点2について以下検討する。

登録免許税の納付義務は登記のときに成立し、納付すべき税額は納付義務の成立と同時に自動的に確定するものとされ、その税額は公定力をもって確定されることはなく、登録免許税法三一条一項の還付通知及び同条二項の還付通知請求に対する還付通知できない旨の通知も、単に還付の事務を円滑ならしめるための認識の表示に過ぎず、過誤納税額の還付請求者の法律的地位を変動させる法的効果を有することはないと解するのが相当である。

また、登録免許税の過誤納について、登録免許税法三一条二項は、過誤納をしたものは、登記を受けた日から一年を経過するまでに申し出て、同法同条一項により所轄税務署長に通知をすべき旨の請求をすることができる旨規定するのみであって、国税通則法二三条四項に規定するような請求をした者に対する通知については規定を置いていない。

原告は、平成七年一一月一七日付け受付の登記を受け、同八年一一月十八日到達の書面によって右通知すべき旨の請求を行い、これに対し登記官は、右通知を登録免許税法三一条二項の適式な通知すべき旨の請求として取り扱い、同一九日付けで拒否の通知を行っている。

法文上も同法三一条二項の規定は通知すべき旨の請求は不当利得返還請求の前置として義務的なものであるとまで解することはできないし、仮に少なくとも通知すべき旨の請求は不当利得返還請求の前置として義務的なものであると解するとしても(それ以上の行政争訟手続までを義務的であるとか、それ以外に救済手続はないとまで解することはできない)原告はこの通知すべき旨の請求という手続をふんだうえで本件不当利得返還請求を行っているものであり、同法三一条及び登録免許税は自動確定の租税であることに鑑みると、登録免許税の過誤納についてその返還請求手続を右通知すべき旨の請求及びこれについての拒否通知に対する行政争訟手続に限るものと解するのは相当でなく、右拒否通知を行政争訟手続で争うことは勿論、民事上の不当利得としてその返還を請求することもできるというべきである。

したがって、右のとおり、登記機関においては公定力あるものとして原告に対し通知がなされたものであるとしても、本件納税義務は自動確定しているのであるうえに、民事訴訟上の請求の途を封じて、その救済手続を行政争訟手続に限ったものとまでは解することができないから、行政不服手続や取消訴訟を経ることなく直截に民事上の不当利得返還請求をなしえるものであって、本件のように原告が実体的要件を備え登録免許税の免除の適用を受け納付義務が生じていないにもかかわらず、誤納した場合には、申告や納付後に誤過納となる場合とは異なり、民事上の不当利得返還請求を妨げるものではないと解するのが相当である。

よって、右原告の請求は正当である。

第四  以上のとおり、原告の請求は正当であり理由があるからこれを認容し、仮執行宣言を付すことは必要でないからこれを付さないこととし、訴訟費用の負担についてはこれを被告に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田豊)

物件目録

一、所在 大阪市北区末広町

地番 弐参番五

地目 宅地

地積 壱四九・七参平方メートル

二、所在 大阪市北区末広町弐参番地五

家屋番号 弐参番五

種類 事務所・車庫

構造 鉄骨造陸屋根壱〇階建

床面積 壱階 八九・五四平方メートル

弐~壱〇階 各壱〇参・七九平方メートル

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